第6章 総括

6.1 本論文の結論

本論文は、建設業の生産性を向上させるためには新技術への取り組みが不可欠であることから、2009年頃から注目され始めた、BIMに着目した研究である。建築物に関するあらゆる情報を一元化する仕組みの中でBIMが持つ可視性は建築工程における合意形成や干渉確認等を容易にする効果があり、既に民間のみならず国土交通省も実際のプロジェクトで試行される等、急速に普及が進みつつある。また、併せて、BIMの普及と共に、BIMを構築するために必要な、建築物の情報を定義する仕様であるIFCの利用も進みつつある。
今後、BIMへの取り組みは一層拡大するものと見られているが、BIMへの取り組みは始まったばかりであるため、解決しなければならない多くの課題が山積している。BIMにおける課題の放置は、BIMへの取り組みに混乱を生じ、本来、生産性の向上を期待されるBIMにおいて逆に無駄な作業が多発する可能性が極めて高くなる。その結果、建設業界における生産性向上への大幅な立ち遅れが懸念されることから、BIMの本格的な普及を前に、種々の課題に対する解決手法を構築することが急務である。
本論文においては、建築設備のうち、電気設備を除く、空調・衛生設備におけるBIMの課題を調査すると共に、多くの課題の中から技術的に解決できる課題について解決手法を明らかにした。特に重要度が高いBIMの構築に関する入力の自動化に対して注目し、モデルの定義方法及び定義方法に基づくモデルの作成方法、さらにその自動化手法及び応用例について、IFCの利用を前提とした提案等を行っている。
以下、本研究で得られた成果を要約する。

(1) 空調・衛生設備部材のIFCによる表現の明確化
BIMの機能を構築するために、建築物のモデルをオブジェクトレベルで定義する仕様であるIFCの利用が進みつつあり、各種のモデリングや解析ソフトにおけるIFCの実装も増えつつある。
しかし、BIM と同様にIFCも発展途上段階にあり、実用化に向けて種々の開発が続いている状況である。例えば、建築設備分野における種々の要素の表現手法は明確にされたとは言えず、開発の制約となっている。
第2章ではこの様な現状を鑑み、IFCを用いて建築設備要素をモデルとして表現する手法の明確化について述べた。
具体的には、
対象とする建築設備要素を角ダクト直管、用途を干渉確認とし、必要な形状及び属性を特定する手順を示した。
要素をIFCで表現するために、IFCの構造を調査すると共に、IFCデータを作成するための、IFCsvrを使用したコードを示した。
属性を表現するために、プロパティセットを定義する考え方を示した。
実際にIFCデータを作成し、モデルの形状と属性をビューワソフトで確認した。
また、併せて、作成したIFCデータから情報を取得する手法、及びIFCデータを作成する際に、その全体像を把握する手法も示した。
本章で示した成果の一つであるプロパティセットを定義する考え方は、後に設備IFCデータ利用標準へ引き継がれた。現在、設備IFCデータ利用標準は、複数の設備CADにより実装されている。
建築要素と設備要素が一体的に機能するようなプロジェクトにおいては、建築要素と設備要素の両方を扱うことができ、また、仕様が公開されているため多くの関係者が利用しやすいIFCが用いられることが増えると考えられるため、本章で提示した設備要素の記述手法が参考になるものと考えられる。また、本章では角ダクト直管を例としたが、それ以外のダクト部材や配管部材、機器部材、さらには建築部材についても、角ダクト直管に対して検討した手順・方法が応用できる。これにより、BIMがIFCで構築される場合において、データ連携の開発がスムースになされることが期待される。
なお、設備システムは建物の用途や規模で多様性を有するため、今後は、複数の典型的なシステムについて今回と同様な検討を行って、汎用化を進めていくことが必要であると考える。

(2) 空調設備分野における3次元部材データ作成手法の開発
BIMは建築工程における合意形成や干渉確認等を容易にする効果があるとされ、普及が進みつつある。しかし、BIMがさらに普及するには解決すべき課題が多くあるとされ、例えば、3次元形状と属性を持つ、いわゆる3次元部材データの作成に関して、下記のような課題がある。
BIMに何をどこまで作り込むかの基準がない。
部材の3次元形状と属性情報が十分に整備されていないため、これらの入力作業から始める必要がある。
建築設備分野においても、設備機器メーカーによるデータの提供が期待されているが、未だ特定現場等への部分的な対応にとどまっている。この原因には、
メーカーがデータの仕様、即ち形状の詳細度・属性項目・ファイル形式・データ量等をユーザーから明確に提示されていないこと
メーカーは製造用の3次元部材データを持ってはいるが、機密保持上、その提供には慎重であること
メーカーが製造用の3次元部材データを提供できたとしても、そのデータはビスやビス穴等も表現した精細なものであるためデータ量が数MBにも達してBIMでの利用には難があること
BIMで利用しやすい、データ量が少ないデータを作成するには、メーカーは製造用の3次元部材データを改変し、あるいは新たにデータを作成しなければならないため負荷が大きいこと
メーカーがユーザーに対するデータの提供の費用対効果、即ち負荷に見合う顧客満足度や売上の向上を明確に予想できないこと
等が挙げられる。
また、これらが解決されたとしても、規模の小さいメーカーが規模の大きいメーカーと同様にデータを提供できるかどうかや、設計業務で求められるようなメーカーを特定しないデータをメーカーが提供できるかどうかも不透明である。
第3章ではこの様な現状を鑑み、メーカーによるデータの提供を促進するため、制気口を対象として、3次元部材データ作成手法の開発について述べた。
具体的には、
部材データの仕様の決定において明確にすべき事項、即ちデータ形式、データ容量、形状の詳細度、形状の表現方法、属性項目をあげ、それぞれの解釈を示した。
3次元CADソフトを使用せず、表計算ソフトを使用して部材データを簡便に作成できることを示した。
C-CADECが推奨するデータ量の範囲内でも施工用途での利用を想定した部材データを作成しうることを示した。
また、併せて、限られた条件のもとではあるが、面数と属性数からおおよそのデータ量を推定する手法や、機器部材へも応用できることを示した。
BIMのさらなる普及には、メーカーによる3次元データの提供が不可欠である。本章で示した成果を参考とすることにより、メーカーは3次元部材データの作成の負荷を減らしうる。その結果、メーカーによる部材データの提供が促進されれば、BIMにおける重要な課題である部材データの不足が改善されることにつながる。ひいては、建築設備分野のみならず、建築分野全体において、BIMの普及に寄与することが期待できる。
また、本章で示した成果を参考とすることにより、異なるメーカーでも、一律なルールに基づいた形状と属性を持つ部品を作成・提供できるようになれば、BIMデータに一貫性・普遍性が生まれ、建物の維持管理段階における活用にもつながる。
なお、本章は制気口を対象としたが、今後は、より多様な機器部材への適用を進めていくことが必要であると考える。さらに、本章で示した成果は機器部材に限定されるものではなく、例えば、建築部材のうち、工業製品であるサッシ等にも応用できる。

(3) 基本設計段階におけるコミュニケーションツールとしての簡易建築モデル作成手法の開発
BIMは建築工程における合意形成や干渉確認等を容易にする効果があるとされ、普及が進みつつある。しかし、BIMがさらに普及するには解決すべき課題が多くあるとされ、例えば、空調・衛生シミュレーションで利用する建築モデルの作成に関して、下記のような課題がある。
入力のためにより多くの費用や時間がかかる。
入力中に欠落、重複、誤認等が起こるため信頼性に欠ける。その結果、利用する際にはデータの確認が必要になる。
設備に必要のない建築のデータ(例えば、植栽、什器、鉄骨のボルトナット等)が過大に含まれる場合、読み込めないことがある。
設備に必要なデータが含まれない。あるいは含まれていても、意味や精度が異なるためそのまま利用できない。
建築データの中の特殊な形状、複雑な形状は読めないことがある。
これらの課題を改善する一つの方法として、入力における自動化、即ちソフトによる支援を進めることが考えられる。
空調・衛生シミュレーションには種々のものがあるが、BIMの利用に関して特に期待されるものが空調熱負荷計算と気流計算(CFD)である。その理由は、いずれも建築に関する入力項目が多いため、BIMが意匠側で構築され、それを空調・衛生設備側で有効に利用できれば、データ入力作業を大幅に効率化できるほか、建築との整合性も保ち易く大きなメリットが生まれるためである。
しかし、建築モデルが意匠側で作成されるとしても、例えば、設計段階での空調熱負荷計算においては、建築モデルの作成が間に合わないこともある。また、例えば、空調熱負荷計算で必要とされる建築部材の熱貫流率等が意匠側で入力されることは期待できない。 これでは、建築モデルとシミュレーションソフトの連携を実現することは困難である。
第4章ではこの様な現状を鑑み、第2章及び第3章の応用例として、空調・衛生設備におけるシミュレーションを想定し、シミュレーションに必要な形状及び属性を持つ簡易建築モデル作成手法の開発について述べた。
具体的には、
BIMの用途としては空調熱負荷計算を想定した。
建築要素として床、柱、梁、壁、開口、窓、天井、庇等を作成したほか、壁と窓には熱貫流率の属性を設定できることを示した。
建築要素の寸法や、作成の要否等はパラメータとして与えることにより、建築モデルの作成において高い自由度を確保できることを示した。
また、併せて、空調熱負荷計算に適した、例えば、柱や梁がない建築モデルを作成できることや、作成した建築モデルを気流計算ソフトで利用できること等を示した。
これにより、意匠側から建築モデルを提供されない段階でも、設備側で建築モデルを作成し、BIMに対応した空調・衛生シミュレーションソフトを用いて、精度の良い検討を行うことができ、また、建築モデルの変更が頻繁に行われても、都度、設備側で建築モデルを作成し直せば良いため、変更に対応する手間も最小限度にできる。
また、設備側で作成した建築モデルとそれを用いたシミュレーションの結果を意匠側に提供することにより、意匠側とのコミュニケーションをより円滑に進めることが期待できる。
また、BIMにおける開発を行う際には、まず元になる建築モデルが必要になる。しかし、セキュリティの面から、実案件の建築モデルを使用することが難しくなっている。建築モデルを簡易に作成できれば、開発の進展にも寄与する。
なお、本章は主要な建築部材を対象としたが、今後は、設備にとって重要なシャフトや内壁への適用を進めていくことが必要であると考える。

(4) 空調・衛生配管の自動経路配置手法の開発
BIMは建築工程における合意形成や干渉確認等を容易にする効果があるとされ、普及が進みつつある。しかし、BIMがさらに普及するには解決すべき課題が多くあるとされ、例えば、設備モデルの作成に関して、下記のような課題がある。
入力作業に、より多くの費用や時間がかかる。
入力作業には欠落、重複、誤認等が起こる。また、個人の技量の差によって出来栄えに差が生じる。その結果、データを利用する際には確認が必要になる。
これらの課題を改善する一つの方法として、入力における自動化、即ちソフトによる支援を進めることが考えられる。
設備モデルの作成は、負荷計算、機器選定、機器配置、経路選定、経路配置等からなる。このうち、負荷計算では空調熱負荷計算や流量計算がなされ、機器選定では機器容量や台数が計算され、経路選定では経路寸法が計算される。これらの計算方法は既に明確化されているため、自動化が可能である。しかし、経路配置、即ち、例えば、ダクトや配管の位置の計算方法は未だ明確化されていない。
第5章ではこの様な現状を鑑み、同じく応用例として、設備モデルの作成を劇的に省力化しうる空調・衛生配管の自動経路配置手法の開発について述べた。
具体的には、
空間の差分化による干渉確認の手法を建築設備に適用し、基礎的な自動経路配置手法、即ち2次元空間、3次元空間、後戻りを確認した。
配管の分岐への適用を示した。
既製品の継手の使用への適用を示した。
計算条件のうち、建物形状等をBIMの建築モデルから取得するものとし、その連携方法を示した。
また、併せて、経路配置及び経路選定の自動化が原理的に可能であるだけでなく、計算時間も妥当なことから、クラウドを利用すれば実用的にも可能であることを示した。これにより、設備モデルの作成を劇的に省力化しうる可能性を示した。
将来は、負荷計算、機器選定、機器配置等の自動化と合わせ、設計における一体的な自動化も考えられる。これにより、
意匠技術者が建築モデルを考えた段階で、設備モデルが自動的に作成され、同時に積算や環境負荷計算等が行われることにより、建築モデルの妥当性が客観的に評価されるようになること
設備技術者は労働集約的な設備モデルの作成から、知識集約的な設備モデルを作成するルールの作成に移行できること
等も期待される。
将来的には国内市場が減少する一方で、国際市場はますます増加すると予測される。しかし、労働集約的な事業形態のままでは、先進国に比べて人件費が安価な新興国や中進国との競争には勝てない。設計における自動化と施工における自動化を合わせて進め、知識集約的な事業形態への移行を図ることが、国際的に強力な競争力を得る一つの方法である。これにより、日本の建設業がさらなる発展を遂げることが期待される。

6.2今後の展望

現在、BIMは主に施工段階における干渉確認に利用されているが、今後は機械化施工や設計、維持管理でも利用されるようになると予想される。
機械化施工においては、人と同程度に移動可能なロボットの実現には、まだしばらく時間を要するかもしれないが、BIMと連携した、工場でのロボットによる加工や墨出しの自動化は、今すぐでも実現できる。また、CIMで試行されている自律型重機の制御を応用できれば、BIMと連携したクレーンや作業車等の制御も比較的早期に実現できると考えられる。
設計においては、BIMにおける建築設備システムの表現を確立することにより、シミュレーションの適用範囲を一層拡大できる。原単位による計算方法にも妥当性はあるが、精度の向上には限界があるためである。また、システムが表現されることにより、機器配置や経路配置の自動化にもつながる。究極的には、人間が図面を仔細に描く必要がなくなることもあり得なくはない。
維持管理においては、建物の運用状況が全てBIMに保管されるようになることも考えられる。保管された運用状況を分析することにより、運用方法を改善することができる。また、運用状況を設計にフィードバックすることにより、設計手法の改善に生かすことができ、設計・施工・維持管理のPDCAサイクルを回すことができる。
この他にも、多方面でBIMが利用されるようになると考えられる。例えば、施工管理においては、施工された実物が計画通りであるかどうかを確認する業務がある。現在、これは目視で確認されているが、図6.1のようにBIMとタブレット端末を用いた確認システムを考えることもできる。
図6.1 BIMとタブレット端末を用いた施工確認システム
図において、サーバーにBIMが置かれ、施工現場にタブレットが持ち込まれる。タブレットにおいて、施工済みの設備部材の映像がカメラにより取得され、またカメラの位置と方向の情報が地理センサーと角度センサーにより取得され、両者がサーバーに送信される。サーバーにおいて、カメラの位置と方向の情報から、カメラから見たBIMの3次元画像が生成されると同時に、撮影された実物の映像との比較により両者の相違点が判別され、タブレットに送信される。また、相違点の有無、及び確認が終了した範囲がBIMに記録される。タブレットにおいて、実物の映像とサーバーで生成された画像、及び両者の相違点が表示される。これにより、施工された実物が計画通りであるかどうかを確認する業務が簡便かつ確実に行われる。なお、タブレットに代えて、ウエラブル端末等も利用できる。この他にも、新しい技術をBIMと組み合わせることにより、いろいろなシステムが考えられる。
以上のように、BIMを利用して設計、施工、維持管理の高度化が図られることにより、生産性及び建物の価格性能比が格段に向上する。これは、建物の所有者、利用者及び生産者にとって大きな利点である。
ただし、そのためには、何よりもまずBIMが早く正確に構築される必要がある。BIMを早く正確に構築するためには、入力における自動化が必要であり、自動化のためには、部材の表現方法の明確化・標準化が必要である。BIMの構築は、BIMの利用に比べて地味であるため注目されにくいが、BIMの構築がなければ、BIMの利用は机上の空論である。そのため、BIMの利用についてと同じく、あるいはそれ以上に、BIMの構築について研究・開発及び教育が継続されることが必要である。本研究がその一助となることを期待する。

謝辞

本論文の作成に当たり、首都大学東京大学院都市環境科学研究課教授 須永修通博士、及び同教授(現名誉教授) 市川憲良博士、同教授 吉川徹博士、同准教授 一ノ瀬雅之博士には、大変ご多忙の中、多大なるご助言とご指導をいただきましたことを深く感謝致します。
また、本研究の一部は、(社)IAI日本 設備・FM分科会、(社)建設業振興基金 設計製造情報化評議会(C-CADEC)、(社)空気調和・衛生工学会 BIM・CFDパーツ化小委員会及びNPO設備システム研究会における活動内容の一部を踏まえている。関係各位に対して、深く感謝致します。
最後に、本研究における各種ソフトのプログラム開発に関して、技術的なご指導をいただいた須賀工業株式会社の香川英則氏、同じくご協力をいただいた同、向来信氏に対して、深く感謝致します。