番外編(426-2)、続、かなり城(20240512)


2日目、駅からタクシーで佐賀城へ。
佐賀城と言えば、鍋島氏。昨日、飲んだっけ。
写真 追手門(2024年4月26日7時30分頃、佐賀城にて)

立派な門を抜けると、立派な書院がある。
っても、まだ開園してない。まぁ、仕方ないけど。
写真 大書院(2024年4月26日7時50分頃、佐賀城にて)

立派な天守台もある。
写真 天守台(2024年4月26日7時50分頃、佐賀城にて)

周囲には立派なお堀もある。
佐賀藩は薩長土肥(薩摩・長州・土佐・肥前)の一つ。由緒正しいのであるな。
写真 堀(2024年4月26日時分頃、佐賀城付近にて)

せっかくなので、徒歩で駅まで戻る。2kmほど。街中には川が多い。
昨日たくさん歩いたけど、一晩寝ると回復するらしい。二日酔いはそうでもないけど。
写真 太鼓橋(2024年4月26日8時30分頃、護国神社にて)

唐津線で西唐津へ。また乗ることになるとはなぁ。
写真 唐津線の駅構内と車両(2024年4月26日9時30分頃、佐賀駅にて)

西唐津に来たのは、名護屋城を検分するためだぁ。
お城は駅からは10km以上も離れている。近くの呼子まではバスもそれなりにあるけど、やはりタクシーが無難。
写真 唐津線の駅舎(2024年4月26日11時頃、西唐津駅にて)

名護屋城は朝鮮出兵の時に使われたお城。
秀吉の命令で、日本各地の大名がここに集合。後に関ケ原で東西に別れて戦う大名が、この時は仲間だったのも、いとおかし。
写真 案内板(2024年4月26日11時30分頃、名護屋城にて)

天守台に登ると、目の前は玄海灘。
壱岐島{いきのしま}、対馬を越えて、大陸までは200km。何と広島や鹿児島より近い。
写真 玄海灘(2024年4月26日11時50分頃、名護屋城にて)

近くの博物館にも寄ってみた。
写真 展示(2024年4月26日12時40分頃、名護屋城博物館にて)

タクシーで唐津へ戻り、運転手さんに薦められた唐津くんちの曳山展示場にも寄ってみた。
写真 曳山(2024年4月26日15時頃、曳山展示場にて)

筑肥線で筑前前原へ。さらに博多へ。
のつもりが、筑前前原の手前で寝落ち。気付くと逆方向に走っていて、あわてて降りた。加布里って、どこー。
写真 筑肥線の駅構内と車両(2024年4月26日16時60分頃、加布里駅にて)

博多駅近くのホテルに荷物を置いたら友人T氏と合流して、中州へ。
居酒屋さんで「時価」の呼子のイカをビビリながら注文した。ふーい。
写真 居酒屋(2024年4月26日19時20分頃、中州にて)

【初利用駅】なし
【初乗り】なし
【完乗】なし


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